読書って大事です

「ある男」を読んだ

日頃の発言などで共感するところの多い作家 平野啓一郎さんの「ある男」という作品を読みました(正確にはAudibleで聞きました)。興味深い作品だったので紹介します。

ある男「大祐」が亡くなった。
しかし、死んだ男は「大祐」ではなく、全くの別人だった。
「私の愛した夫は一体誰だったのか?」
遺された妻から相談を受けた弁護士の城戸が調査を始める…

「なんじゃそりゃ?」と思うかもしれませんが、実際に読んでみると、とても緻密に組み立てられていて「本当にあるかもしれない…」と思えてしまう内容でした。

特に興味深いのは、実際の社会問題がたくさん散りばめられいるところです。在日コリアンへのヘイト、無意識の差別、虐待、複雑な家庭環境、震災の心的影響、死刑制度、夫婦の価値観のズレ、犯罪加害者の子どもの苦悩、行動遺伝学等々。読み手に様々な問いを投げかけてきます。

また「人間は複雑で、多面的な存在である」ということも、平野作品の一貫したテーマです。

真面目で優しい人であっても、ダメな面やズルイ面もある。逆に下衆な人間の行動にも一理あったりする。同じ人間でも、接する相手によって態度や考え方が変わるし、年齢や生活環境、時代の空気などによっても影響を受ける。平野は「個人」の中に、様々な「分人」が存在する、と表現している。

それらは「演じている」わけではなく、実はどの面もその人自身の一部分。しかし周囲がその複雑な心情の揺らぎを理解しようとせず、レッテルを貼ってしまうことがある。それが一因となって感情を拗らせ、人間関係を分断する悲劇につながることもある。そしてそれは誰にでも起こり得る。

「ある男」を読んで思い出した

私たち教師は、様々な子どもや保護者と接します。目の前の事象だけにとらわれるのではなく、そのバックグラウンドにどんな複雑な事情を抱えているのかも想像する必要がある、と本を読みながら考えました。

こんなことがあったのを思い出しました。

「外国籍だから子どもがいじめられている」とさかんに訴えてくる保護者がいた。しかし、いじめの事実はなく、学校側は「そんな心配はいりません」と取り合わなかった。その保護者は「学校は真面目に対応しない」と、ますます学校への不信感を強め、学校側も「モンスターペアレント」として、関わらないようになっていった。

しかしこの保護者のバックグラウンドを想像してみる。

遠い国からやってきて、言葉もよく分からない日本で、低賃金の単純労働に従事している。来日した頃は、今よりずっと差別も大きかったし、職場でも相当いじめられてきたはずだ。だからこそ自分の子どもには、自分と同じ悔しい思いはさせたくない。

この保護者が本当に求めていたのは、自分が感じてきた不安や悔しさへの共感と、子どもだけは日本社会で温かく迎えてほしいという願いだったのだと思う。そういう心情を想像しながら親身に接していくことで態度は徐々に軟化していき、最後はとても良好な関係を築くことができた。決してモンスターペアレントではなかった。

なぜこういう対応ができたのかというと、「やさしかった」からではなく、「知識があった」からです。

日本は今まで、経済界の「安い労働力がほしい」という要求に合わせ、政治の力で「人権は認めないが労働力として在留資格を与える」という、人権よりも経済効率を優先する政策を実施してきました。

そういった知識をもっていたので、「今まで相当悔しい思いをしてきたんだろうな」という想像力を働かせることができました。もちろん、人権を軽んじる社会自体を変えていくべきなのですが…。

読書する時間の大切さ

『ある男』という小説の中では、無知による無理解や、ちょっとしたボタンの掛け違いが深刻な問題につながっていく様子が描かれています。そして、それらは現実社会でも多分に起こる可能性があります。教師をしていれば、そういった苦悩を抱えた子どもや保護者と接することもあります。

読書は自分との対話です。常に忙しく仕事に追われている状態では、自分と対話し、深く考える余裕は生まれません。自分がいっぱいいっぱいの状態で、「相手のバックグラウンドまで想像しましょう」と通り一遍の正論を詰め込まれたところで、本当に深く考えることなどできません。

読書をしたり、映画を見たり、旅をしたり、一見 仕事とは関係ないものに触れることで、今まで気づかなかったことに気づくことがあります。読書する時間も、自由にじっくり考える余裕も与えず、定型的な研修ばかりでギチギチに詰め込むやり方で、本当に魅力ある教師が育成できるのでしょうか。

やはり教師には余裕と自由が必要です。
本を読んで、そんなことを考えました。

平野啓一郎さんのツイッターもおすすめです。
https://twitter.com/hiranok

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