エルピス、千畝、全群教

問題です。エルピス、千畝、全群教。共通点は何でしょうか?

エルピス

「エルピス」というドラマ(足利事件など、実在の複数の事件から着想を得ている)が攻めてます。巨大権力の不正への憤りと危機感が作品に込められています。

主人公の一人、拓朗は裕福な家庭に生まれ、何不自由なく、しかしただ何となく人生を送っていました。ひょんなことから冤罪事件の真相を追いかけることとなりますが、上からの圧力で潰されます。

間違ったことをしていても、「政府や検察、裁判所が出した結論は正しい」という前提で物事は進んでいきます。そして、無力感に打ちのめされた拓朗が屋上でつぶやきます。

「正しいことがしたいなぁ」

正しいことをしたいけど、エライ人に睨まれるのは怖い。「正しいことって何だろう」と考え、学ぶことは面倒だし、自分の意見を言えば嫌われるかもしれない。だから「何もしない」ことを選択する。これって、日々の生活の中で「よくあること」ではないですか?

千畝

杉原千畝はなぜスゴイ?

「政府の命令は正しい」という前提を疑い、自分が正しいと思ったことを実行したからですよね。

ナチスドイツに弾圧されたユダヤ人。千畝がビザを発給し、海外へ亡命すれば殺されずにすむ。しかし日本はドイツの同盟国であり、政府は「ビザの発給はならぬ(=見殺しにせよ)」と命令。逡巡の末、千畝は政府の命令に背き、「目の前の人々の命を救うこと」を決断。現在は多くの人から尊敬を集めており、道徳の教科書にも掲載されている。

【教科書には出てこない、ビザ発給後の千畝】
戦後、ソ連軍に身柄を拘束された後、1947年に帰国。そして外務省からは辞職勧告を受け退官。その後は多くの職を転々とした。

文字にするとあっさり終わりますが、パワハラも相当受けたはずです。そして日本の状況は、今もあまり変わりません。権力の不正を見過ごせずに行動する者は排除され、へつらうものが出世します。

杉原千畝は教科書に載るべき人物だと思いますが、道徳の教科書というのが皮肉ですよね。日本政府は道徳を教科化し、「きまりに従いなさい」「責任を果たしなさい」という徳目を押し付けています。政府の求める人物像と千畝の行動は真逆です。

全群教

全群教の原動力はまさに、「正しいことがしたいなぁ」というものです。教職員の働き方や教育のあり方に「これってホントに正しいの?」と違和感を覚えた人が多く集まっています。

もちろん、「私たちだけが正しい」などと思っているわけではありません。ただ、誰かエライ人が「これが正しい」と決めたら、まともな議論もなく「正しい」とされる風潮を危惧しています。

・先生が長時間労働で疲弊して、授業に力を注げない働き方は正しくないと思っています。

・「子どもたちのため」という大義名分の下、法令を無視して教職員を無限に働かせる労働環境は正しくないと思っています。

・授業の進め方や指導の方法について、誰かが決めたやり方を「これが正しい」と一律に押し付けることは正しくないと思っています。

・社会的な関係において優位にある者(管理職や教師)が、立場上反論できない者(若い教員や児童生徒)を威圧し、自分の価値観を押し付けるやり方は正しくないと思っています。

正しいことがしたいなぁ

エルピス、千畝、全群教の共通点は、「政府や教委が決めたことは常に正しい」という前提を黙って受け入れるのではなく、学び、行動するところです。(もちろんドラマや千畝のように、大きなことをしているわけではありませんが)

エルピス(希望)は、誰かが運んできてくれるものではありません。声を上げ、行動することによって、今を生きる私たちが作り上げていくものです。

社会から押し付けられたものを子どもたちに押し付けるのか、子どもたちの願いを実現する社会を作っていくのか、選ぶのは私たち一人一人です。

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