プールの水栓 閉め忘れた。賠償請求されたらどうしよう…
損害賠償請求
想像してください。
①あなたはプール担当として水栓を閉め忘れ、自治体に金銭的な損害を与え、損害賠償を求められました。どうしますか?
②あなたはプール担当ではありませんが、同僚が水栓を閉め忘れ、損害賠償を求められました。どうしますか?
③あなたの家族(配偶者や子など)がプールの水栓閉め忘れで損害賠償を求められました。どんな助言をしますか?
ここ数年の報道を抜粋します。今年も起こりました。
ことし5月、川崎市の小学校で教諭がプールに水をためる際の操作を誤り、6日間にわたって水が出しっぱなしになっていたことが分かりました。水道と下水道をあわせた損害額は190万円余りで、市は半額のおよそ95万円について、男性教諭と校長に弁償を求めました。
NHK 神奈川 NEWS WEB(2023年8月10日)
横須賀市は21日、市立馬堀中学校でプールの給水栓を約2カ月間、断続的に開けたままにしたことで、約423万8千リットルの水道水が流出したと発表した。担当教員が新型コロナウイルス感染を防ぐために、プールの水を常にあふれさせて水質をきれいにする必要があると勘違いしたことが原因。損失額約348万円の半額を、担当教員(約87万円)、校長(約43万円)、教頭(同)の3人に損害賠償として請求した。
カナロコ・神奈川新聞(2022年4月21日)
高知市の小学校で2021年の夏、教師がプールの水を1週間止め忘れ、水道料金が余分にかかってしまったという出来事があった。これについて高知市は、この教師らに対し約132万円を請求することを決めた。高知市は「市民の財産に大きな損害を与えた」として、この教師に加えて校長と教頭の合わせて3人に対し、掛かった料金の半分程度の約132万円を請求することを決めた。
FNNプライムオンライン(2021年12月27日)
綾瀬市立綾西小学校(神奈川県)でプールの給水栓を閉め忘れ、約4千立方メートルの水道水が流出した問題で、同市は18日、人見和人教育長ら教育委員会事務局と学校関係の計7人に対し、上下水道料金の損失額の50%(約54万円)を損害賠償として請求し、厳重注意などの処分にしたと発表した。
朝日新聞デジタル(2019年1月20日)
千葉市中央区の市立小学校が昨年夏、プールの給水口の栓を閉め忘れ、水を大量に流失させるミスを起こした問題で、市教委は22日、県水道局から請求された水道料金約438万円を該当校の男性校長、男性教頭、ミスをした20代の男性教諭の3人が弁済したと発表した。3人が自費で弁済したいと昨年12月に市教委に申し出たため、意向を尊重したという。負担割合は3分の1ずつで、今月19日に弁済が完了。市教委は3人を厳重注意とした。
千葉日報(2016年2月23日)
最適解は?
①自分 ②同僚 ③家族 が損害賠償を請求された場合の最適解は「組合に相談すること」です。さらに言えば「何かが起こってから相談する」のではなく、何かが起こる前に加入しておくべきでしょう。
困ったとき、問題を1人で抱えていると「自分のミスだし仕方ない…」と思ってしまいます。せめて同じ職場に組合員がいれば「ちょっとおかしいから組合に相談しよう」となるでしょうが、組合員がいなければ「1人に責任を負わせるのはかわいそうだから、みんなでカンパしよう」といった、本質的ではない解決策に向かってしまうかもしれません。
国家賠償法を知ろう!
ところで、自治体は職員個人に賠償を求めることができるのでしょうか?
国家賠償法には「公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」とあります。
国賠法は「公務員が躊躇せずに公務を執行するため」にある法律です。もちろん個別のケースによって事情が異なるので一概には言えませんが、このような事例で教職員個人に賠償させるべきではありません。
実際、個人賠償を命じている事例は国賠法ではなく、民法709条を適用しています。「国賠法を適用して求償権を行使するには無理がある」からです。
2009年の部活顧問による暴行死の場合でさえ国賠法が適用され、民法の適用は否定されています。被害生徒のご両親が裁判で戦い続けたことで、顧問個人への求償権が行使されることになりました。その額は県が負担した200万円の1/2の100万円です。
参考論文「学校運動部活動における重大事故と顧問の法的責任」南部さおり
当該県教委議事録
第709条「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
民法
民法は一般民事(日常生活で生じるあらゆる問題)を扱う非常に幅広い法律であり、国賠法は「公務員が公務を行う中で、他人に損害を与えてしまった場合」というピンポイントの事象を扱う法律です。民法の適用は、「法知識や交渉力において不利な立場にある教職員個人を恣意的に不当に扱っている」と言わざるを得ません。
組合であれば対等な立場で教委と交渉し、「使用者の責任として対処すべきである」と主張します。群馬県では2010年に同様のケースがありましたが、個人への賠償請求はありませんでした。
懸念されるのは、全国で個人に賠償させる事例が増えることによって、「職務上のミスを個人に負わせるのが当たり前」という風潮になってしまうことです。
プールの問題だけではありません。ICT機器の破損などでも、個人の責任にされている事例もあります。それでは安心して働くことができませんし、ミスを隠す人も出てくるはずです。まずは私たち自身が法を知り、組合を通して交渉することが大切です。
労働法の考え方
公務員の場合、複雑なところもあるので、民間企業の労働契約を例にします。
仮に、飲食店経営者が時給1000円で労働者を雇ったとします。その労働者が非常に有能で、使用者が想定した以上の利益が上がれば、利益はすべて使用者のものとなります。そして労働者には『働いた時間×1000円』が支払われます。それが労働契約です。
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ある日、その労働者がうっかりお皿を割ってしまいました。そのとき使用者が「あなたは私に損害を与えた。よって賠償してください」ということは成り立つでしょうか?
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成り立ちません。使用者は労働者の労働力(時間)を買って新たな価値を生み出すことで利益を手に入れます。「利益は使用者のものだけれど、損失は労働者の責任というのは筋が通らない」というのが労働法の考え方です。
「プールの水道代は金額が違う!」と思うかもしれませんが、問題は金額の多寡ではありません。金額が小さくても、悪意をもってわざとお皿を割ったのであれば、賠償責任が生じます。
もちろんミスはない方がいいですし、ミスしてしまったら反省すべきです。でも、水栓を閉め忘れてしまった先生は、あれもこれもと校務分掌を割り当てられて疲弊し、うっかり失念してしまったのかもしれません。だとしたら本当に考えるべきは「ミスが起こってしまうシステムをどう改善すべきか」です。
だから組合が大事
「職務上のミスを労働者個人の責任にすべきではない」という労働法の知識が浸透しないと、法よりも情を優先した対応がまかり通ってしまいます。
川崎市教委は「全額を税金で賄うなら住民訴訟もあり得る。賠償請求も苦渋の決断だ」としています。つまり、「法に照らして正しい対応を考えた結果」ではなく、「処罰感情を満たす」という結論ありきで、訴訟リスクを避けるため、個人に罰を与えたことを暗に認めています。
これは組合組織率の低下と無関係ではありません。どの職場にも必ず組合員がいる状態であれば、「これ、ちょっと変だな…」ということに誰かが気づき、相談するはずです。そして組合として対応することで、個人の人権を守ることができます。
何となくモヤモヤしていても、何も言わずに受け入れていれば、それが「当たり前」になっていきます。逆にモヤモヤを感じたとき、その都度話し合って解決していけば、モヤモヤが減っていきます。結果的に、みんなが安心して働ける職場を作っていけます。
だから組合が大事です。ぜひ全群教に加入してください。一緒に学んで、誰もが安心して働ける学校を作っていきましょう。